椅子  PRAGUEとVIENNA    2018.03.06.

 

プラハは英語で Prague(プラーグ)そしてウィーンはVienna(ヴィエナ)と言う。

大きな数字を英語でいうのも大変悩ましいことだけど、それ以上に地名については、日本にいて社会科で習った言葉が意外と通じない場合が多い。

それなのにプラハやウィーンにブタペストといった日常会話でほぼ使わない言葉をいつか使う日がくるのだろうからと思って学んだものの、いざ渡航となると全く使えないと言う目にあう。いったい勉強は何の為にするのだろう。

逆に言えば、旅することで実地でたくさんの生の学問を学ぶ。学校に行く金と暇があれば旅する方が、断然多くを学べるに違いない。

 

さて、今の日本から見て、アメリカはお隣さん。のような感覚があり普段の日常の暮らしの中にいてもたくさんのアメリカ情報を得る事ができる。

必然的に本屋で海外事情を探ろうと思えばアメリカの情報は欧州の2倍、北欧の8倍、東欧の16倍は手に入るように思える。

僕から見てアメリカの1/16の情報量しかない東欧に縁あって今月赴く事になった。目的は椅子の契約の為だ。

 

子供の頃から畳が好きで、こたつが好きだった。だから小さい頃は地面で暮らした。こたつで寝るとこれ以上の天国が他にあるだろうか。と思えるほど気持ちがよく、それ故に成人するとこたつはなにやら竜宮城のように恐ろしい場所のように思えてきた。そこはあまりにも心地よすぎるので、こたつと共に暮らすとあっという間に白髪が生えるまで、時の経つのを忘れ怠惰なくらしの中に人生がこたつと共に終わってしまう。と恐怖を覚えた。だから、成人して一人暮らしを始めてからと言うもの床は板の間以外では暮らさないように心掛け、生活からこたつを排除した。そして椅子とテーブルの生活を戒めのように始めた。

 

成人して、一人暮らしを始めて最初に手にいれたテーブルと椅子は以前どこかのカフェで使われていたものを店じまいするから無料で持っていっていいよ。という事で貰い受けたものだった。テーブルは直径1200mm位の黒色の丸テーブル。そして椅子もセットで二脚。その椅子はスチールパイプで出来ていて座面は丸。同じく黒い椅子だった。黒いテーブルも椅子も正にカフェ仕様ではあったものの今にして思えば、あの時の椅子は明らかにトーネット チェアを真似たもので、無垢の曲木ではなくスチールを曲げた安価な椅子だったに違いない。そして自分の城を築いた僕は、SANSUIのオーディオセットとYAMAHAのNS800のスピーカーを手に入れて当時流行った栗本薫の書いた小説「キャバレー」などを読みながら、マル・ウォルドロンのレフト・アローンを聞きながら過ごした。

 

女の子が家に突然遊びに来ても、いい感じになるように、常にカセットテープにはメローな音楽を落としてあった。

マービン・ゲイやジョージ ベンソン。そしてアイズレーブラザーズにライオネル・リッチー。彼らは夜になると、サッカーでいう12番目の選手となって僕を応援してくれた。ところが椅子からベッドというのは意外と距離があるものである。そこにはどこかに「見えない壁」「超えられない壁」が存在し、移動することが不自然なように思えた。「あー これがこたつだったらなぁ。」とその時は何度も思ったものであった。しばらくして、オーディオのリモコンをベッドヘッドに置くことで、この不自然な移動が自然な移動となり、ベッドと椅子の距離は縮まった。超えられない壁が消滅した事で僕のスムーズな誘いはスピナーズの力を借りなくても十分に承諾を得た。

 

さて、あの青春時代に使っていた安価な黒い椅子は1876年にアウグスト トーネットがデザインしたTHONET CHAIR No.18の模造品であったが、あれから30年余りを経て、そのオリジナルの椅子が最初に作られたチェコ共和国の工場へ仕事で行くことになるとは、何という運命の巡り合わせだろうか。

 

チェコ共和国ビストリッツェに1861年に造られた工場。

工場の設計者はもちろんミヒャエル トーネット。世界中に影響を与えた曲木椅子の震源地、ブナの森に囲まれた美しい街へ3月19日から行ってきます。

果たしてプラハやウィーンは昔習った教科書通りの街なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

Cinelli Super Corsa 

 

ロードバイクの歴史を辿るとチネリ。スーパーコルサに辿り着く。

1948年にイタリアで興たチネリが作ったフレーム(スーパーコルサ)の形状は、その後のロードバイクの形状を決定づけた。

「ホリゾンタル」と呼ばれるこのフレームは、地面に対して水平にトップチューブが走る造形をしていて、この自転車はモノでありなら究極の造形美を兼ね備えていて、これを超える美しいロードバイクは地上にはない。

クロモリフレームは重い。と思われがちで事実、確かにアルミやカーボンより重いが、ロードバイクとして200㎞の平地を走るになんら問題はない。

しかもアルミやカーボン素材には到底出せない細さを、クロモリフレームは持っていて、その走る姿の美しさはどの自転車よりも勝っている。

 

自転車が好きな人は、フレームにもコンポーネントにもサドルにも造形が深い。

興味ある方の参考の為に、僕のスーパーコルサのスペック詳細を明記しておきます。

 

色 : アズーロ

コンポーネント : カンパニョーロ アテナ(クランク)/ポテンザ(他)

ホイール : マビック(コズミック エリート)

シートポスト : ニットー

ステム : チネリ1A

ハンドル : チネリ クリテリウム

バーテープ : チネリ コルク

シート : サンマルコ(ローレル)

ペダル : ルック

左前ブレーキ/右後ブレーキ

 

 

 

COPENHAGEN  (コペンハーゲン)       2017.10.25.

 

コペンハーゲンの魅力を一言でいい尽くすのは難しい。

日本にいて(限りあるメディアからの情報の中で)北欧をイメージする時に思い浮かぶデンマーク、コペンハーゲンの印象は実際に行くとその想像をはるかに凌駕する。

この場所は地上の楽園と言っても過言ではないと思う。

デザインが作る幸福な街。

それがコペンハーゲンであって、この幸福な豊かさはデザインの必要性、重要性、不可欠性を教えてくれる。

そして文化的営みを送る人間はデザインと機能の上に立脚していると言った事を深く考えさせてくれる。

デザインと機能は不可分なものであるために、機能のみを追求しては道を誤ってしまう。

機能のみを追求した場合、その先には、効率と言う魔物が潜んでいる。効率性を機能やデザイン以上に求め始めると、その先には機能優先のあまりに倫理の崩壊が始まり、独自性や人間性は失われ、調査、研究という名目で開発を放棄したコピー製品の乱立や類似品の洪水によって文化の停滞がおこる。

デザインだけに言及すると、ここコペンハーゲンでは作り手と使い手、双方の人が考えて考えて考え抜いた末に、ポトッと滴り落ちた答えによって成立しているように思えた。

だからカタチの裏側に深遠なる思想があって、それによって普遍さが産まれている。

新作を作っては霧散する日本の製品作りと消費社会に比べて、100年の歴史の推移に耐えうるデザインはもはや消耗品と言うモノではなく、文化的な道具とすら言える。

それゆえ道具は機能とデザインによって出来ていて、無駄な装飾によって出来ているわけではない。と思えば、気難しいアドルフ ロースやオットー ワーグナーの諫言も染み入る。

僕から見たコペンハーゲンとはそういう街だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

レストラン108(コペンハーゲン)       2017.10.25.

 

スペース コペンハーゲンがデザインを手がけたレストラン108 

生まれて初めてお花を食べました。

 

 

 

デンマーク デザイン ミュージアム(コペンハーゲン)       2017.10.25.

 

「 Learning From Japan 」と言うタイトルのエキシビションが開催されていたデンマーク デザイン ミュージアム。 

柳宗理のバタフライスツールをはじめとする日本のインダストリアル デザインや江戸時代の職人たちの手工業は、デザインの街デンマークに住むJensenでも  Nielsenでも Hansenでも Pedersenでも Andersenでも感銘を受けたに違いない。

同じ日本人として僕はここで気分が良かった。

街に到着して以来、見渡す限り(東京と比較して完敗!と言えるほど)美しいここコペンハーゲンで、倒れそうになるほど悶絶していた僕を支えてくれるものは何かないだろうか?。

と三十六計思案していた時に、そこに日本の文化があった。

もし、ここで日本のアニメーションやオタク文化が展示されていたら、僕はコペンハーゲンに立っていられなかっただろうと思う。

うらやましいほどにコペンハーゲンは大人の街で、文化や芸術、デザインやアート、食や衣服に対して人々は深い思慮を持ち、真面目で、真摯的で、偽りや、おちゃらけや、自虐や虚勢のない、理想的な姿勢で対面している。


 

 

 

STOCKHOLM  (ストックホルム)       2017.10.21.

 

喧騒の街ストックホルム

HELSINKI  (ヘルシンキ)       2017.10.19.

 

 ヘルシンキ。かもめ舞う、静かで美しい街

 

 

A R A B I A (ヘルシンキ)       2017.10.19.

 

新旧の融合が美しいアラビア

 

 


AALTO  (アアルト)       2017.10.19.

 

トラムに乗って北へ、フィンランドの巨匠、アルバ アアルトの仕事場と住宅が見れるというので出かけた。

ARTEKのプロダクトやデザインへのインスピレーションの源泉は、日本の文化が深く関与していることが見て取れた。

アトリエも自宅もここに来ないとわからない何かヘルシンキ独自の空気のようなモノが漂っていた。   素敵としか表現のしようがない彼の足跡。

大きく、派手に表現しない、ここにある小さなデザインたちはどれも”静けさのデザイン”。これ以上ない心休まる空間を作っていた。

 

 

 


HELSINKI CENTRAL RAILWAY STATION (ヘルシンキ 中央駅)       2017.10.18.

 

 

成田空港第二から飛行機でひとっ飛び。わずか10時間でヘルシンキ・ヴァンター国際空港へ運ばれる。

ハブ空港であるここヘルシンキのヴァンター空港は90%以上が乗り継ぎ客なので、WAY OUT(出口)へ向かう乗客は心細いほどに少ない。バゲッジがクルクルとベルトコンベアーの上を回ることもなく、停止したベルトコンベアーの上にポツリと寂しく僕の迎えに来るのを待っていた。空港から電車に乗り中央駅へ向かう。ヘルシンキもドイツのベルリン同様、旅行者用の三日間チケットを手に入れれば改札もない駅は全てフリーパス。このチケットで地下鉄、トラム(路面電車)バスが全て72時間の間乗り放題となる。

 

さて、小さな街の小さな中央駅。駅の配色は白黒ベージュ。そしてグレーでできている。「おっ TSUKU-HAE色だな」とその色使いが第一印象の駅だった。

一歩踏み出すと60万人都市のヘルシンキは意外にも静かで、街行く人は皆幸福な顔つき。喧騒とは無縁のこの街では滞在中に車のクラクションを一度も聞かず、大きな声でしゃべる不埒な者も見ず、静かにゆっくりと空気が流れていた。

ホテルは市内にほど近いHOTEL F6に滞在した。ここは新しさと古さが良い意味で混在しているホテルで、レセプションの傍から可愛いくて不細工な犬が出迎えてくれた。彼はこのホテルのアイコニックなキャラクターのようで、澄ました顔が印象に残る存在だった。初日からここヘルシンキは僕にとって非常に理想的な街に映った。日本でいうと福岡のような街。それがヘルシンキ。

 

 

 

 

 

ピーチ (桃)       2017.09.04.

 

 

街を創り、都市を創り、新しい生活や様式を作る仕事に携わる人や、デザインを生業とする人は「面白いもの」「新しいもの」を吸収しにあちこちにいかなければいけないが、その行き先は遠ければ遠いほど良い。語弊がないようにここでいう「遠い」という表現は文字通り、「距離」もさることながら誰も分け入ったことがない分野であるとか、周知されていない所。という意味であって、荒らされていない場所。未開の場所ということになる。

たとえ遠くに出掛けたとしても、日本語で書かれた詳しいガイドブックがすでに書店に堆く積まれ、世間において一定の評価も定まり、多くの日本人観光客が訪れた都市や街を訪れる旅は、皆と共通の体験を積んだり、帰国後、共通の話題を共有することができるので、観光としてならば上々の旅で、これ以上楽しいことはないが、創造者の旅としては下の下の旅である。

 

なぜならば、その人がそこを訪れる頃には、すでに兆しを感じたマイノリティな先駆者が、その街を訪れ、解剖し、比較し、消化し、熟知し、日本に紹介し、そこにあるリソースを静かに輸入し、日本に静かに浸透させ根付かせる作業をすでに、大いに行っている後だからである。ゆえに後発組が躍起になってそこを訪れ、上っ面をさらい、導入を図ろうとも、そのころには、すでに日本で起こった新たな楽しみは、静かに生活の中に定着していて、勘所の良い一般消費者は二番煎じのものを眺めて「ああ、また似たようなものができたか」と根っこのない、思想もない、先見性もない商売っ気丸出しの商いに辟易とするものである。

すでに評価が定まったモノ、つまり「パイが安全になったから掴もう!」という安全性だけで導入する、情熱も主義主張も思想もないビジネスマンの手に落ちたものが、どのような姿で現れたとしても情報武装した現代の賢い消費者には章々たるものに映るのである。

 

その場所で、そのビジネスで根を張るためには、まだ森にも林にもなっていない小高い丘の上に一人ぽつりと根を下ろし、情熱を持って育て、大きな実を咲かせ、桃李成蹊とならねばならないものなのである。僕もそのようになりたく、新しいリソースを求めて、来月ヘルシンキ  -  ストックホルム  -  コペンハーゲンを2週間ほどかけ回ってきます。  北欧を知らない人はいないけど、北欧3カ国を回ってきた人も僕の周りにはいません。一つの理想であった北欧文化。北欧デザインの真髄。その裏側、その心臓部、そのルーツ、その日常性、その使用頻度。デザインに囲まれた彼らの豊かな暮らしぶりを、実際に見て感じて何かしらを体得してきます。

 

ここにはきっと日本の未来におくことができる、幾つかのサムシング ニューが潜んでいる。

普通の旅人が辿る観光地巡りの旅ではなく、彼らが憶うデザインへの意識の素と、そこにある細部の魔法を探して。  小高い丘に咲かす僕にとっての新たな桃を求めて。       

 

 

 

 

 


 

 

T S U K U  - H A E     L O G O     T - S H I R T S     2017.09.04.

 

ロゴ Tシャツのグラフィックが定まったので、ようやく製作に入った。

シンプルすぎてもダメ、加飾すぎてもダメ。グラフックデザインは奥が深い。

 

 

 


KINGS

OF

CONVENIENCE  2017.09.04.

 

 

キングス オブ コンビニエンス

渋谷のタワーレコードに3枚あったので3枚とも買ってきた。

僕は彼らの曲 「KNOW-HOW」が好きでよく聞いていたが、アルバム全体で聞いたことがなかった。聴いてみての感想は「迂闊だった」どうしてもっと早く彼らのアルバムを聴かなかったのだろうか。と。

北欧のミュージシャンは好きで、ザ・ファイブ・コーナーカルテットだったりモレスキンだったりジャズの匂いがするモノばかり聴いていたが、彼らを深堀せずに時を過ごしてしまった。

改めて、このオーガニック感漂う音楽をゆっくりと時間をかけて楽しみたいと思う。どのアルバムも素晴らしいできで、ゆるい彼らのアプローチは深まりゆく秋にぴったりなテンションで僕らを楽しませてくれる。

 

 

 

 

 

 


SIGMA  
2017.09.04.

 

 

シグマ。

カメラ好きには「あぁ、シグマか」「変態シグマか」「シグマ。俺は好き」などといった意見が飛ぶ。

先日、現物を見ようと川崎にあるシグマ本社にお邪魔した。お茶をいただきながらわずか待つ間に、担当者の方が現れた。

SD QuattroとSD Quattro H、さらにdpの123といたカメラの他に様々なレンズを見せていただいた。

 

シグマは川崎にある光学機器製造企業で、ニコンやキャノン、フジにペンタックス、オリンパスといった著名ですでに世界で活躍するメーカーが犇めくこの日本で

産声をあげた。主力は一眼レフカメラ用の交換レンズですべての生産を国内の会津で行っている。

フィルムカメラは、2005年を境にデジタルカメラにそのシェアを奪われ、デジタルカメラはすでにi phoneの登場によって日常のスナップ写真程度において全く必要とされなくなった。

70−90年代にデジタルカメラを製作し始めたカメラメーカーや家電メーカー各社は、今世紀に入って販売台数を伸ばすために、安い工場で製作しコストを切り詰め、ライカ後追いのデザイン

(クラシックスタイル)に偏り、画素数を向上させたり、色のバリエーションを増やしたり、軽くしたり、ミラーレスにしたり躍起になってモデルチェンジを繰り返した。

 

購買者から見ると変化=進歩には見えないデザインのものも多く見られた。

 

そんな各社の思惑とは全く別のベクトルでカメラと向き合っているのが、このシグマだ。

その性能に対して賛否あり、その重量に対して、はたまた大きさに対して賛否あり、小さなゴミの問題や、対ISOの点で問題ありとされたりするが多くの強烈なファンを持つシグマが作るカメラは

ただ写真を撮るだけでなく、所有する喜びに満ちている。と言う。

奇をてらわず、世間に流されず、愚直な仕事をするシグマは僕的には非常に好みな存在なので、是非、直に体感してみたいと思い、そのカメラに触れてきた。

 

モノは、そのモノ(製品)の価値だけではなく製品の背景にあるスピリッツが大切だ。そんなことを改めて自覚したシグマ訪問であった。

SD QUATTROはホールド感といい質感といい、素晴らしいデジタル一眼レスカメラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

BLUE NOTE JAZZ FESTIVAL 2017  2017.06.27.

 

 

また、この季節がやってくる。SEP. 23 , 24 の二日間で開催が決まったブルーノート ジャズ フェスティバル 2017

2015年に第一回目が開催され、今回ではや3回目。今年もいつもの横浜赤レンガ倉庫脇の特設会場で開催されます。

第一回目はパット メセニー、そしてロバート グラスパーが来日しステージでフレディ ハバートの「リトル サンフラワー」を共演。まさにV.S.O.P.(VERT SPECIAL ONE TIME PERFORMANCE)の極みでした。

夕暮れの横浜赤レンガ倉庫。西の空に陽が落ち、東の空から月が登る自然が繰り広げる劇的なスペクタクルも相まって2015年は、野外で聴く最高のジャズの醍醐味を味わいました。

今年はグレゴリー ポーターをはじめドナルド フェイゲン、カシマ ワシントン、上原ひろみといった面々。グレゴリー ポーターはデビューアルバム「WATER」以来僕が最も注目していたヴォーカリストでしたが、「リキッド スピリッツ」で見事にグラミー賞受賞まで登り詰めました。ドナルド フェイゲンも懐かしい。

さて、今年はどんなVSOPが見れることやら、ぜひ晩夏の夜をジャズと横浜の風に吹かれて楽しみましょう。

 

 


Remodeling   2017.06.20.

 

 

新築も面白いが、リノベーションは楽しい。

そこには街の記憶やその場所に根ざす”拠り所”が必ずある。その拠り所を見つけるのはある種宝探しの様な行為である。 

そして見つけた拠り所を基にして描かれた設計図は、実はまだ見ぬ”お宝”へと向かう地図の様なものだ。地図を頼りに進むと障害にぶち当たり、克服してその道を進むと、いつしか完成したお宝が目の前に現れる。

 

 

 

 

E V E R    A H E A D  2017.06.12.

 

メッセージTシャツが出来た。

素材や色、デザインが映えるTシャツといえばヨーロッパの仕様。デザイナーはそこにアバンギャルドやキッチュさを盛り込み、面白さを表現する。一方アメリカ仕様は専ら量産されたボディにメッセージを入れ、そこにある心意気を表現する。大切なのはいかにそのメッセージを伝えるグラフィックがあるかどうかで決まる。

僕は今回発想を一回転させて、あえてシンプルなロゴに伝えたいメッセージのみを入れるというデザインを試みた。出来栄えは71点。メッセージとして伝えたかったのは「あくなく前進」。

 

インスピレーションの源泉はマイルス デイヴィスの「 M I L E S    A H E A D 」と言うアルバムのタイトルですが、若い頃から第一線で活躍しながら常にジャズと言う音楽を革新させ、枝分かれするジャズの新たな源流に立ち続けるマイルス デイヴィスのその音楽に向かう姿勢は孤高でした。彼は確立したものに寄りかからず、過去の遺産を喰むことをせず、常に新たなジャズを模索し、研究し、供給し続け、需要者を満たし続け、時にはついていけないほど先を走っていた。そんな彼の音作りのスピリッツを物作りの姿勢として取り入れたく、革新し続ける物作りをめざしたいと考えこの「 E V E R    A H E A D 」と言うメッセージを、トイレの壁紙に古事成語を掲げるが如く、Tシャツの胸に刻んで日々これと向き合いたいと考えました。

 

今、グラフィックTシャツも同様にデザイン中なので、そちらの出来上がりも楽しみです。

 

 

GLOBETROTTER   by EL LISSITZKY 2017.06.07.

 

打ち合わせの前に、時間があったので千駄ヶ谷にあるCarl Hansen & Sonを覗いてみると、二階にEL LISSITZKYのポスターが二枚。

「これはポスターだけで販売しているのですか?」と尋ねると「これはディスプレーなので非売品です」と店員さん。その後、EL LISSITZKYの話とデンマークの家具についてしばし歓談。楽しい訪問だった。

Carl Hansen & Sonの店員さんはどのような質問に対してもよどみなく答えてくれる。お客に接するスタンスが非常に良い。ただ家具を並べて売るのではなく、ライフスタイルについて語らえる店員さんは昨今なかなかいない。

この場所は昔ロードバイクのスペシャライズドがあった場所。Carl Hansen & Sonに変わって何年経っただろうか。この場所にいついつまでもあってほしいものだ。

 

 

 

 

片岡義男とビタミンX     2017.05.27

 

18歳の頃に片岡義男の小説と出会い、オートバイを手に入れた。

この乗り物は魔法の乗り物で、時間と空間を越えてどこまでも僕を運んでくれる相棒となった。オートバイとの付き合いは良い時ばかりではなく、時には事故にも会い。その時の運搬先は時間と空間を本当に超越した、天国か地獄かと言った日もあった。オートバイはただ乗り物と言ってしまえばそれまでだが、この片岡義男が描く”(理想的な)何気ない日常”にあるオートバイはただの乗り物とはいえず、それは親友以上に親しい間柄で、それと共に過ごす時間を何気ない日常とした者にとっては、次元が違う世界に住んでいると言っても過言ではない暮らしが存在した。

 

世の中は三次元でできていて世界中の人々が皆同じように暮らしているように見えるけど、オートバイを持っている人間は実はもう一つ別の次元に住んでいる。サーフボードを持っている人間も同様に又別の次元で生きていると言える。

これは野球やサッカーのように勝ち負けを見て一喜一憂するのでもなく、釣りやハンティングのように獲物との対峙による緊張や弛緩を巡る戦いでもなく、ただそれと共に時間を過ごす事だけで得られるグルーブ感と脳が受ける刺激は運動作用による以上に何かしらのバイブスを脳とハートにもたらしてくれる。

 

このハートにもたらすバイブスが現代社会には不足している。これをビタミンXとするならば片岡義男の書く小説はビタミンXで満ちている。ボブ グリーンやマーク ツゥエイン、ジャック ロンドンにジャック ケルアックの書く小説もまたビタミンXがふんだんに入っている。現代の若者にビタミンXが不足しているのは書店にそれを与える書籍がない事にもよる。でもよく探せばそれはある。逆に言うとそれを見つける嗅覚とアンテナを持つ若者は我々以上にビタミンXをふんだんに摂取して、新たなる(理想的な)何気ない日常を過ごしていると思われる。

 

生活は少しのアクションが介入するだけで大きく変わる。アクションに対してすぐにリアクションできる人は、体内に持つビタミンXの作用によってスムースに快適な文化のキャッチボールが始められる。   

ビタミンXとはすなわちハートに聞くサプリメントと言えるのではないでしょうか。

 

スニーカー

 

コンバース オールスターとニューバランス

 

スニーカー何が好きですか?と聞かれると僕はだいたいこの二つをお勧めする。

理由は得てしてセールにならずに翌年も同じモデルが店頭に並んで発売されているからだ。気に入って定価でモノを買って、後日半額セールで売られているのを見ると寂寥感がこみ上げる。

だからセールにならないモノを僕は好んで買う。もちろん海外などで破格で売られている場合(それがニューバランスであれば尚更)迷わず買う。

 

さて、ニューバランスにもいろいろある。J CREWとのコラボレーションにはいつもわくわくさせられ、#1400においては今年の新色はないだろうか?と心躍らせ、#996のアメリカ製においては知らぬ間にグッとくる色が発売され、

#576のイギリス製においてはレアものはないか?といつも見て回り、 #1300のアメリカ製などが安くなってると聞けば西へ東へと出かける。

その中でも最高の履き心地はどれ?と聞かれれば僕は迷わず#996をお勧めしたい。 フィット感、クッションの効き。昨年これを履いてベルリンの街を1日20キロ歩いたが、#996を履く限り痛みも疲労もなかった。

もちろん、脚は棒になっていたけど。

 

夏、スニーカーの季節。オシャレは足元からなどと野暮を言うつもりはないが、暑くなるにつれ軽装になるこの季節、やはり足元がシックリくればオシャレの平常心は凪になるのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 


映画「僕とカミンスキーの旅」 2017.4.29

 

恵比寿ガーデンシネマで封切り。 

アートを中心に添えたこの映画は、物語の素晴らしさはもちろん、軽快なテンポと共に繰り広げる映像美に心躍ります。

ドイツ=ベルギーの共作。

 

「映画を見るなら、フランス映画さ」と昔誰かが歌ったが、たまにはドイツ映画もよろしいのではないでしょうか?

 

解説

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「グッバイ、レーニン!」の監督ボルフガング・ベッカーと主演ダニエル・ブリュールが12年ぶりにタッグを組み、崖っぷちの青年美術評論家と盲目の老画家がヨーロッパをめぐる旅を描いたロードムービー。無名の美術評論家ゼバスティアンは、金と名声のために芸術家の伝記を書くことを思い立ち、スイスの山奥で隠遁生活を送る老画家カミンスキーを訪ねる。マティス最後の弟子でピカソの友人、60年代ニューヨークで「盲目の画家」として脚光を浴びた伝説的な人物であるカミンスキーの新事実を暴くため、ゼバスティアンはカミンスキーが若き日に愛した女性に引き合わせることを画策。年老いたカミンスキーに振り回される、ゼバスティアンの珍道中がスタートする。ゼバスティアン役をブリュール、カミンスキー役を「007」シリーズの悪役ミスター・ホワイトなどで知られるイェスパー・クリステンセンが演じる。

 

 

 

 


ART DECO と SCHOOLHOUSE

 

照明こそがその空間の時代性を決定づける小物。と僕は思うのですが、いかがでしょうか。画像はリプロダクションのアメリカ製品ですがどこかアールデコ、どこか学校を思わせる懐かしくて新しい感じの照明です。

ベークライトとガラスでできたウォールスコンス。すりガラスにストライプが入ったシェードランプ、このストライプのデザインがレジメンタルの感じを伴って古い学舎をイメージさせます。

デザインが華飾なアールデコは少し個性が強すぎるように思いますが、ライトなアールデコは、現代のインテリアデザインに持ち込むととても相性よく馴染むと思います。

照明がバッチリ決まると、空間は絶大なるキャラクターを持ってくれるので、飽きがこない個性を持つ照明から空間を考えるのもありだと思いますがいかがでしょうか?

 

 

 


N I G H T H A W K S    -  Location of the restaurant  

 

Hopper himself said the painting "was suggested by a restaurant on Greenwich Avenue where two streets meet."

 

 "I simplified the scene a great deal and made the restaurant bigger."

 

絵は「2つの通りが交わるグリニッジ・アヴェニューのレストランに示唆された」とホッパーは言った。 そのうえ「わたしは場面を大幅に単純化し、レストランをより大きくした」と注した。

これを彼が言ったがためにホッパーを崇拝するナイトホークスな人々は、このダイナーの場所を探し始めた。

場所はニューヨーク。マンハッタン島のグリニッチ ヴィレッジ。実際のところ、存在しない架空のこのダイナーですが、テーブルは桜の木。そして窓際に走る緑色のラインは翡翠色のタイルが描かれています。

これはホッパー自身が作画の際に残したメモによって知られるようになりましたが、なんとも印象に残るカウンターテーブルと緑色のライン。

当時の夜更かしをする人々( N I G H T H A W K S )にとってはオアシスのようなダイナーだったのではないでしょうか。

 

 

 

Nighthawks is a 1942 oil on canvas painting by Edward Hopper that portrays people in a downtown diner late at night.


TSUKU-HAE 1st.anniversary

 

ツクハエは本日 3月25日  創業から1年を迎えました。

創業当時、この事業で僕が目指したものは建築やインテリアの世界において「まだ見ぬもの、日本にないもの、新しいもの」に主眼を置き、ある時は独自性のあるモノを作り、ある時は斬新でいて懐古的なモノを世界で探し、それらのものを提供することができれば、という思いでした。創業以来、試行錯誤を繰り返す日々でした。そしてこの試行錯誤は創業後の今日現在も続き、今後も繰り返し新しい試みを通じて「まだ見ぬもの、日本にないもの、新しいもの」を提供することができればと考え続けています。

「同じ畑で育ったものを皆が取り合えば、その畑には何も残らなくなる。そして誰も別の畑を耕したり、別のものを植え、育てることをしなくなれば、畑は枯れ、食べるものは無くなってしまう。だから我々は常に新しいもの、まだ見ぬもの、日本にないものを探して提供する使命がある。」これは僕の知人が常々口にした言葉でした。今日現在も僕の心中にはこの言葉があり、耕し続ける意味とその使命感を感じ続けています。

 

ツクハエは本日創業から1年を迎えることができましたが、これもひとえに皆様のおかげと感謝しております。そしてこの先、まだ見ぬもの、新しいものを是非一緒に模索し、文化的で普遍性のある空間をあちこちに提供する仕事を通じて、その存在意義と使命を果たし、多様性のある世界のために貢献したいと考えています。 誠にありがとうございました。 今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

 

酉年

 

2017 , A HAPPY NEW YEAR 

 

 

ダウンロード
TSUKU-HAE CALLING
プロジェクトQ take2 - 2017_01_12 10.13.m4a
MP4動画/オーディオファイル 3.2 MB

TSUKU-HAE CALLING

 

TSUKU-HAE’S thema

よろしかったらブログを見る際のBGMに............


 

PRAY FOR BERLIN  2016.12.19.

 

Kaiser - Wilhelm (カイザー ヴィルヘルム教会)の前で 

 

2016年12/19 大型の長距離トラックが突っ込みおよそ50余名が致死、重症を負った。

僕は12/11にこの場所に立ちベルリンのドイツ市民、観光客らと共にクリスマス シーズンを楽しんでいた。

中央の画像にある屋台は事故によって破壊され、今はもう無い。左側の画像、入り口に立つ対になったクリスマスツリーの左側も倒され、引きずられ見るも無残な姿になった。

右側の画像のカレーヴルストは画像奥に写っている店主が焼いてくれた。怖い顔をしていたが笑うといい顔の大将だった。無事でいただろうか。

事故の全貌は未だ明らかになっていない。しかし、亡くなった人々はもう戻ってはこない。   持って行き場のない憤りがベルリンの街を包んだに違いない。

心からご冥福をお祈りいたします。

 

PRAY FOR BERLIN..................................................

 

 

 

 


 

BERLIN  ドイツ 2016.12.13.

 

ジャズ、クラブ、アート、アーキテクト。ベルリンの街はデザインに満ちている。

 

 

 

 

 

 

 


 

Kaiser - Wilhelm 新教会堂 2016.12.13.

 

ベルリンの中心地から南西の方向にあるカイザー・ヴィルヘルム教会。破壊された旧教会の傍にある新教会堂はエゴン アイアーマンによるモダンの先を行く先進様式の教会堂です。

ケルン大聖堂の南面する窓にゲルハルト・リヒターが仕掛けたステンドグラスによる中世の数学的意匠を用いた抽象的な模様と幾何学の構成の統合に似た意匠もモダンだが、それ以前の

1960年代にこの新教会堂ができていたことが何よりも驚きです。

 

 

 

Graffiti    2016.12.12.

 

落書きの多いベルリン。しかしながらバウハウスにはabc一つ落書きはありません。角を曲がればこんな秀作もありますが。

 

 

 

 


 

BAUHUS DESSAU 2016.12.12.

 

ベルリンからドイツ国鉄を使って約1時間半。デッサウの街にあるバウハウス校舎。 その辺りを覆う静謐さはさすがに学びの舎。構造はレンガを用いているため、12月でも室内は意外な暖かさ。

実験に次ぐ実験の後が館内にあるエキシビジョンから感じ取れます。水平、垂直、丸、三角、四角。赤、青、黄色。 おおよそ人知の考え得ることを全て考え抜いた思考法。100年に渡る試行錯誤。

 

 

 

 

 

Let's get lost 2016.11.26.

 

間も無く公開される映画「Born to be blue  ( ブルーに生まれついて) 」

チェット ベイカーの伝記。きっと面白い映画だろが、僕にとってのチェット ベイカーものといえばブルース・ウェーバーの撮った「Let's get lost」

 

 

 

 

 

OP-506 SLB 2016.11.16.

 

オリバー ピープルズが1987年に発売したOP-506 を2015年に復刻した。OP-506はOP-505に継ぐ同社のアイコニックなモデル。

メガネというものは、一度はまってしまうと底なし沼のようなもので、その数はいくつあっても又別のモノが欲しくなったり、レンズをいろいろと試してみたりして、尽きせぬ好奇心を喚起させてくれる。身につける装飾品が女性と比べて圧倒的に少ない男にとってメガネやスニーカーほどその充足感を満たしてくれるものはない。 

 

Nothing,but eyewear.